大学を出て2年、24になる年、地元のバーや実家、西武新宿線の雰囲気にどこか退屈を感じて、街を出ることにした。
思い立って1週間後には、甲州街道沿いの知らない街にいた。
不動産屋さんでいくつか部屋を見せてもらう中で、その家に"感じた"もので、即決だった。
外観は一面、白い壁でちょっと洒落て見え、4畳半とは言え収納も豊富で、
駅徒歩5分、渋谷新宿下北沢20分圏内で、4万円。
ベッドが置けて、コンロがあって、トイレもシャワーもある。
ほとんど寝るために帰るだけの男の一人暮らしには十分だった。
それから4年間そこで暮らすわけだけど、訪れた友達には「犬小屋」「牢獄」などと罵られ、
先輩には「こんな部屋で満足しちゃだめだぞ」と嗜められたりしていた。
それでも居心地が良かったのは、案外小綺麗で必要最低限の空間に自分がフィットしていたのと、
何より、大家のじいちゃんにとても良くしてもらっていたことだった。
不動産屋さんには「大家さん厳しい人だからしっかりね」と言われ、少しビビりながらも初めて挨拶に行った時、
茶色の柄シャツにターコイズのベルトで現れたスタイルの良いじいちゃんは、明らかに”いい男”だった。
口数少なめに、はいどうも、はいよろしく、家賃はどうこう、ゴミはどうこう、といった話をしてくれただけだったけど、
完全に、この大家さん、気になる。
親しくなりたいなあと思っていたある日、部屋の外で遭遇する機会があった。
自分の部屋の向かいには謎の鉄の扉があり、それについて尋ねると、
入ってみるか?と言う。
あ、はい、とついていくと、そこは、このアパート2~3部屋分の広さのある、アトリエになっていた。
「絵描きをやっててね」
なんだこれ、すっげえ。
ああ、やっぱり間違いなかったな、俺の直感。なんて。
これはそんな大家のじいちゃんとの物語。つづく。
Comments